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『タタール人の砂漠』を読んで

ブッツァーティ『タタール人の砂漠』岩波文庫

1940年の作品。辺境の砦に配属の決まった21歳青年軍人の話。砦は砂漠に面しており、周囲には何もない。侵略される可能性はほぼゼロ。どんなに見張っても、何も見えない。単調に繰り返す日々は感覚を麻痺させ、まさに「光陰矢の如し」状態で、月日が飛び去る。あっという間に4年、15年、30年。4年経った際、主人公は実家に長期休暇で帰る。しかし、自分は町から取り残されたような感覚を得る。戻る場所は砦しかない。いずれ、攻め込んでくるのではないかと夢想する敵兵をイメージし続け、それだけを望みとして日々が過ぎ去って行く。恋人を作ることもなく、結婚することなく。

極めて苦しい作品である。

読んでいて思うのは、長期化した不登校の子どもたちが言う、

「今までの時間を消しゴムで消したい」

という、その感覚である。この言葉自体は、私の師匠のうち1人が受け持っていた不登校のケースで聞いたものだという。しかし同様の感覚は、私が受け持った不登校の子どもたちから、いやというほど受け取って来た。

巻き戻すことはできない。やりなおすこともできない。今からやれるだけやるしかないのだが、過ぎ去った時間の重みがのしかかる。できれば、消しゴムで消してしまいたい。しかし、そんなことはできない。

単調な日々は、時間の感覚を麻痺させる。知らぬ間に1ヶ月が経っている。知らぬ間に、1年が経っている。気がつけば20歳。まだ若いと思っているが、気がつけば25歳。

もし、外に出たら、本気を出せたら、俺は。
もし、今日、バイトを始めたら。
もし、今から、勉強を始めれば。

しかし、それらは行われることがなかった。30歳になる。40歳になる。死は近づく。

「やらなかった」時間を、消しゴムで消したいという感覚。しかし、それは不登校であると際立つだけで、日々を暮らしている人々全般に言えることではあるのだろう。それが、不登校という特殊な、自主的軟禁生活の場合には際立つというだけではないかと、私は感じていた。

大学生の頃私は、長期休み中にはこれとかなり似通った感覚を持っていたし、そもそも中学高校と、学校に通っていたとしても、そのような感覚のただ中に生きていたようにも思う。たまたま大学の教員などになってしまったがために、夏と春には驚くほどの長期休みが訪れてしまう。私にとって、長期休みは地獄に近い。忙しい方が遥かに「楽」である。

この感覚を目の当たりにしてしまうより、ましである。

トーマス・マンの『魔の山』を読んだ際にも同じようなことを感じていた。山上のサナトリウムで単調な暮らしをしている内に、時間感覚が麻痺して行く様子。そして、最初はさっさと逃れたかったはずの場所から、逃れられなくなる様子。

これは何であろうか。

『タタール人の砂漠』解説には、「ここに描かれているのは人生である」などという、何とも言いようのない言葉が記されている(解説なんて読まなきゃ良かった)。まぁ、そうなのだろうが、私はずっと、死の匂いを感じながら読んでいた。

ならば、“充実した”生活を送れば良いのか。

イベントで埋め尽くせば、死を感じることなく、時間の流れを感じることなく、ごまかすこともできよう。しかし、肉体は一時的に充実するかもしれないが、精神が死ぬのかもしれない。かといって、ごまかさなければごまかさないで、私が長期休みに感じるあの感覚を間近に観ることになる。

結局私には、どちらも堪え難い。

『タタール人の砂漠』の主人公は、4年砦で過ごした段階で、どうやら「アウトサイダー」になってしまったようだった。おそらく、町の人々に置いて行かれたわけではないのだろう。取り残されたわけではないのだろう。ただ、主人公の感覚が変わってしまった。プラトン『国家』における洞窟のたとえで言うところの、たいまつの火をぼんやり観てしまったのではないか。ただし、無自覚のまま。

砦にいようが、違うところで生きていようが、遅かれ早かれこの主人公は、気がついてしまったのではないかとも思う。辺鄙で、敵襲が一切来ないという砦。その感覚が顕著になる舞台設定だったというだけのような気もする。

最後のシーンまでネタバレはしないようにするが、なるほど、そこに行き着くしかないかもしれない、と感じた。

砦に囲われている状況は、“生きていたいのに死んでしまう”肉体にとらわれている状態の比喩ととっても良いだろうし、カフカ・カミュ的な不条理そのものと受け取っても良いだろう。読む人によって、とらえ方は様々であろう。

苦しい作品であることは確かなような気がする。

ただ、最後まで読んだとき、私には笑みが浮かんだ。

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