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小泉信三『読書論』岩波新書

1950年の本です。岩波がたまにやる「アンコール復刊」で、今ならまだ書店に並んでいます。多分、大した部数は出ていないはずなので、学生の皆様は今のうちに手に入れておく方が良いと思います。たかが700円ですが、第一章16ページ分だけでも、5万円の価値はあると思います。

少し引用。

〈すぐに役に立つ本はすぐ役に立たなくなる本であるといえる。人を眼界広き思想の山頂に登らしめ、精神を飛翔せしめ、人に思索と省察とを促して、人類の運命に影響を与えてきた古典というものは、右にいう卑近の意味では、寧ろ役に立たない本であろう。〉(小泉信三『読書論』岩波新書、p.12)

〈すぐ役に立つということをいえば、本の形をしたもので、例えば電話帳や旅行案内に及ぶものはない。〉(p.8)

〈料理をするために料理法の本を読み…この種の本は、右から左へすぐに役には立つけれども、立ってしまえばそれ切りで、あとには何ものこらない。…卑近な意味で実用に役立つ書籍は、吾々の精神的栄養を増してはくれぬ。〉(同前、p.9)

〈ショーペンハウアーは…「良書を読むには悪書を読まぬことを条件とする。人生は短く、時と力とは限られてゐるから」といった〉(同前、p.4)

〈一般方針として私は心がけて古典的名著を読むことを勧めたい。〉(同前、p.5)
〈古典…承認されたる、第一流の標準的なもの…私が読むことを勧めるというのは、この…意味の古典である。〉(同前、p.5)

〈読む本のページ数のみを数えて喜ぶのは無意義であるが、努力して大冊を征服することは、人生の勉強としても大切なことであり、十数日、或いは数十日わき目もふらず一冊の本に取りついて、それを読み、且つ読みおえるという努力と忍耐とは、必ず人に何物かを与えずにはおかない。〉(同前、p.16)

〈数十日かかって大冊の大著を——しかも相当難解の大著を——読みおえた歓びは、真に譬えるべきものもない。…多分、既に読み終えた今の自分が、まだ読み始めない昨日の自分に対し、何か別人になったかのようにも感ずるであろう。たしかに大著を読むことによって、人は別人となる。極言すれば、その顔も変ると言えるかも知れない。頭脳の襞(ひだ)と共に、顔の陰影も深くなって行くというのは、甚だしい誇張ではない。…本を読んで物を考えた人と、全く読書しないものとは、明かに顔がちがう。〉(同前、pp.16-18)

〈読んだ本は記憶して自分のものにしたいものである。…読者として他人から受動的に受け入れたものを、今度は逆に自分のものとして外に出してみるが第一であると思う。別言すれば、読んで頭に入れたものを、今度は自分の口から人に話してみるか、或いは自分の筆で書き留めてみるのである。〉(同前、p.50)

ならば、稲垣は「古典」をちゃんと読んでいるかと問われると弱いですけど…。

ただ、言ってみれば、月1回、なんとか4年ほど続けている水曜の会・木土の会は、その月に私が読んだ本をなるべく咀嚼して「自分の口から話してみる」会ではあります。たまに書くエッセイも、本にまつわるものの場合は「自分の筆で書き留めてみる」ものではあるのでしょうけれど。

身になっているかどうかはなんとも…。私が自分で判断するタイプのものではないですね。

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