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ユング『ヨブへの答え』みすず書房

ユングは心理学者であり、神学者ではない。だから、教義的にどうなのか、ではなく、聖書に記された「物語」としての内容が、人間の無意識とどのような対応関係にあるのか、という点を問題とする。だから、キリストが実在するか、神が実在するか、ということとは関係がない、という点をまず確認しておく必要がある。人の語る夢、統合失調症患者の妄想や幻覚、ギリシャ神話、錬金術、UFOなどの幻視、そして聖書、それらすべてを同じ水準で取り扱っていることを念頭に置く必要がある。

ヨブ記は、旧約聖書の中に出てくる話である。内村鑑三によれば、ゲーテの『ファウスト』、ダンテの『神曲』、シェイクスピアの『ハムレット』は、ヨブ記を元として書かれたらしい(内村鑑三『ヨブ記講演』岩波文庫)。

かなり砕けた調子で申し訳ないが、私なりに理解したヨブ記をここにまとめてみる。

主人公のヨブは、極めて敬虔な生き方をしていた。罪と目されることはすべて避け、罪に関わることを考えることすら避け、神・ヤーヴェを慕い、畏れ、生きていた。唯一神であるヤーヴェも、一応それを知っていた。

ヤーヴェの息子・サタンが地上を遍歴して天上界に戻る。ヤーヴェはサタンに話しかける。

「なぁ、おまえ、ヨブ見た? あいつ、すげぇぜ。超敬虔。まじで」

サタンは懐疑的である。

「いやー、人間なんだし、そんなことないっすよ、親父。敬虔なのは利益があるからでしょ。親父がそうやって、いろいろあげるから・・・」

ヤーヴェはこたえる。

「あっそ。じゃぁ、全部奪ってみればいいじゃん。そしたらわかるから。でも、ヨブは殺すなよ」

そしてサタンは、考えうる限りの残虐を尽くす。家畜と下僕は全滅、ヨブの子どまで皆殺し。それでもヨブは敬虔さをキープする。

再度、ヤーヴェはサタンに言う。

「なぁ、おまえ、ヨブ見た? あいつ、すげぇぜ。超敬虔。まじで」

(なぜ、まったく同じ対応を2度繰り返すのだろう)
サタンは提案する。

「そんなことないっすよ、親父。そいつの身体がどうにかなっちゃえば、さすがに親父を呪うでしょ」
「あっそ。じゃぁ、好きにすれば。でも、殺すなよ」

そしてヨブは、身体中が膿みまみれになる、とんでもない皮膚病にされる。ヨブの妻もさすがに言う。

「ねぇ、あんた。まだ敬虔ぶってんの?さすがに、神を呪って、死んじゃった方がましなんじゃないの?」

ヨブはへこたれない。

「おぉ!? おまえまで何言ってるんだ。私たちは神から幸福をもらってる。だったら、不幸だってもらおうじゃないか」

強い。しかし、妻には言わなかったが、さすがにグチりたくなる。ただ、ヤーヴェを非難することはしない。

「なんで、俺、生まれてきたんだろ・・・」

なんと健気な。そこへ、友人3人がやってくる。見る影もないヨブの姿に相当驚く。そして、口々に言う。慰めようとしているのではあるが、その背後にある内容はだいたい同じ。

「お前、不敬虔なことしたんだろ。だから、罰があたってるんじゃないか?」

当然、ヨブは身の潔白を主張し続ける。そして友人たちに、

「えぇい、うるさい!いいから黙れ!なんだお前ら、追い打ちかけに来たのかよ!」

一喝。そして、ヤーヴェに対して、

「私は義を通しました。見てなかったんですか?だったら、直接申し開きをさせてください。本当に私は罪となることを一切しておりません。その申し開きのチャンスぐらいくれてもいいでしょう?」

もう1人いた若いやつが口を開き始める。

「ヨブのおっさん、あんた、ヤーヴェと戦おうとしてんの?ちょっとおこがましいんじゃないの? あのさ、憐れみ深い人を、ヤーヴェが苦しめるはずないでしょ?」

そこでヤーヴェ登場。嵐とともに。

「おいこら。誰だ、俺のこと何だかんだ言ってる奴は。ヨブか?おう、男らしく腰に帯つけやがれ。お前さ、大地作れる? 海作れる? 無理でしょ? オリオンは? 無理でしょ? ライオン、馬、ダチョウ、鷲、鷹、作れる? 無理でしょ? そこのベヘモットっていう獣、見て見ろよ。すげぇだろ。俺の最高傑作よ。超強い。お前にゃ無理だ。そんだけ無罪主張するなら、作ってみろよ。無理だろ?」

ヨブは黙って聞いている。そして答える。

「・・・はい。悔い改めます。そんなこと、とうてい私にはできません。あなたは全能です」

ヤーヴェ満足。

「な。聞いたか、おい。そこにいる、えーとなんだ?ヨブの友だちか?お前らさ、ヨブ見習えよ。お前ら、ぜんぜん正しく語らなかったろ。欺瞞っていうのかなぁ。でもまぁ、お前ら、とりあえずヨブのところにお前らの財産もってけ。そしたら、ヨブがお前らのかわりに祈ってくれっからさ。今回はそれで見逃すわ」

そして、ヨブは以前にも増して、祝福された。財産もたっぷり、寿命も長く、4代先まで見ることができて、それで死んだ。

・・・なんだこの話は!?

ユングが注目するのは、ヤーヴェがその「全能の力」は意識的に使っているが、「絶対的な知」の方はぜんぜん使っていない、という点である。また、ヨブが罪をまったくおかしていない、という正義を主張しているのに、獣を作れるかどうかなど、頓珍漢な回答をしているという点である。

おかしい。だいたい、全知全能なら、ヨブが敬虔であることも、今後どうなるかも、全部わかってるはずであろうに。本当にわかってないとしたら、「力」の方は使えても、ヤーヴェは「全知」の方は使えていない。しかもヤーヴェは、「シナイ山で自ら告示した十戒のうち少なくとも三つをあからさまに犯している」(p.27)「契約違反は人格的のみならず道徳的にも致命的である」(p.20)。つまり、「ヤーヴェが人間でないどころか、ある意味では人間以下である」(p.37)ことになる。

ヨブは賢明にも、ヤーヴェに口答えをしていない。静かに聞き、ヤーヴェの意に沿い、全能の力を誉め、頭を低くしてやり過ごしている。ヤーヴェを一個の人格としてとらえるのであれば、明らかに、ヨブの方が大人の対応である。

ヨブがそれを意識して行っていたかどうか、それは書かれていない。しかし、反省の度合い、意識の高さ、これに関しては、ヨブはヤーヴェを越えている。ヨブは、道徳的な高さにおいて、ヤーヴェを上回る。

しかし、ヤーヴェは、そのこと自体に気がついていない。ヨブに、人間に、ある部分では越えられていることに気がついていない。「彼の意識状態は未開人の《気がついている(アウェアネス)》状態とほとんど変わらない」「《気がついている(アウェアネス)》だけで、反省や道徳は見あたらない」(p.67)。

だから、「彼の被造物が彼を追い越したからこそ、彼は生まれ変わらなければならないのである」(p.69)。
そして、ソフィア(英知)の助けをかり、ヤーヴェは人間に生まれ変わることにした。そう、キリストに。

・・・ええ!?!?

さらに、ヤーヴェが成熟するためには、随分と道徳的に無茶苦茶なことをした償いをしなければならない。ある意味で、ヨブが辿った苦しみを、体験しなければならない。迫害され、十字架にかけられ、死ぬことによって。

・・・。これ・・・、どうなのか良くわからないけど、随分いろいろ言われたんじゃないかな、敬虔なクリスチャンから・・・。それとも、すでにそういう解釈もあったんだろうか。良くしらないけれど。

ただ、ここで主眼となるのは、人間の無意識内部にあるエネルギーとのやり取りを、聖書における物語と対応させることである。つまり、人間の意識がより分化していく過程を、物語の流れと対応させているということである。
ヨブとヤーヴェ、どちらが人間の意識側で、どちらが無意識側か、ということはあまり問題ではないのだろう。これはおそらく、人間の全体性の問題である。

ただ、それを私はどう解釈して良いのかわからない。わからないが何となく、この「読み方」であれば、聖書を読めるような気がしてきた。

少なくとも、理由がわからず無茶苦茶な目に遭うとき、人は神を疑うだろう。神のエネルギーは人間には理解できないのだ、非合理的なものなのだ、そう、いくら言われたところで、納得はいかない。現代の日本に生きているからそこまで深刻に考えないだけで、現在のパキスタンに生まれていたら、私は絶対そう思うだろう。第二次世界大戦中、ドイツに生まれたユダヤ人であったなら、私なら絶対そう思うだろう。不条理だ、と。しかしそれは、冷徹な目を持つものにとっては、生まれた環境によらず、つまり平和な環境に身を置いていたとしても、身にしみるものなのだろう。

答えがほしい。

おそらく、ユングは必死に考えたのだと思う。76歳になって。

理性によって、すべてが見通せるなどとは思っていないという意味ではその最先端を行くようなユングが、理性によって、必死に考えている。考えることを止めることはできない。それほど、世界は不条理である。

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