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「影」の濃さについての原文

授業で使ってはいるものの、正確に引用していなかったので、とりあえずここで。

ユング『心理学と宗教』人文書院 pp.76-77
〈かつて信仰心の篤い老ドラモドが注目したように、自分の反面に気づかないまま、隣人たちに奇妙な苛立ちと耐えがたい雰囲気を醸し出すのは、非常に道徳的な人々なのです。…聖人と暮らすとなると、あまり道徳的才能には恵まれていない個人の心は、劣等感コンプレクスが刺激されたり、背徳が荒々しく爆発することになるかもしれません。…道徳は、もともとこれに何の縁もない人の頭の中に注ぎ込むと、その人をだめにしてしまいます。/残念ながら、人間は全体としては、自分が想像したり、望んでいるほどには、善良でないという事実を疑うことはできません。誰もが影を引きずっており、影は、個人の意識生活に統合されていなければいないほど、黒く、色濃くなります。〉

自分の「影」を、果たしてどこまで意識できるものなのか。私は「自分が邪悪な人間だ」などと自称はしているものの、それも「自分が邪悪だ、と言っておけば、自分の影に気がついているということだから、それで良いんじゃないですか」というような欺瞞もあるだろうし、グルグルと回ってしまう。

少なくとも私は、「非常に道徳的」でないことだけは確かだ。

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