スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

詐欺師について(別バージョン)

事実とイメージを混同してはいけない。

事実となると、伝わる力が増える。実際には書いていないことであっても、“引用”と称して、さらにはページ数まで付加すれば、「なるほど、そんなことが書かれてあったのか」と、信じてしまう人は増加するであろう。オカルティストと呼ばれる人々の中には、そのような行為を行う者も存在する。たとえば、「タロットの起源はエジプトである」という“ねつ造”を行ったクール・ド・ジェブランという人がいる。その人物が、「大詐欺師カリオストロと、1785年5月10日に開催されたフリーメイソンの会議で出会っている」というポール・クリスチャン(本名ジャン=バプティスト・ピトワ)の書いた“ねつ造”があるという。ジェブランとカリオストロが出会ったということが、コリン・ウィルソンの『オカルト』では、事実であったとして記載されている。コリン・ウィルソンも多少どうかとは思うものの、私は、ねつ造に関しては誠実な方だったと思っている。かなり綿密に調べる人であったと思っている。それでも、見抜けないことがあるということだ。

オカルティストではなかったとしても、学術関連でねつ造と呼ばれるものについては、同様のことが行われることもある。データの改ざんも、実験データ・統計データであるかのように見せることは、ある種の権威の付与である。嘘をつく際の、騙す際の、極めてスタンダードなテクニックである。

騙されることがいけないと言っているのではない。そういうものなのだ、ということである。何かを鑑定するテレビ番組を見ればわかる。鑑定書があれば、人は“本物だ”と感じてしまう。信じたくなってしまう。番組として見るものは随分誇張されているものではあるが、人はおそらく、そういう性質を元来携えている。逃れることはできない。善悪を峻別する理性がある以上、騙される率が減ることはあっても、“何かに騙されないようになる”ということはおそらく、原理的に不可能に近い。だからこそ、詐欺師が“騙す”ときには、理性側に訴える方法を用いることになる。「権威がある者がこう言っている」であるとか、「鑑定書がある」とか、「証明書がある」とか、「科学的な根拠がある」とか、そういう理性側へのアプローチが採択される。そして、理性を用いることで、人は騙される。

しかし、騙されなくなる一つの方法としては、どんなに“証拠”が揃っていたとしても、それらをあえてイメージとしてとらえる、という方向はあるのだろう。たとえば、ギリシャ神話を読んで、それらが事実であったととらえる人は少ないだろう。しかし、当時の人々が、世界をそのようにとらえていた、つまりイメージとして見ることは、誰にでもできることである。これを、科学に対しても行う必要がある、ということになる。ということは、ホーキングの宇宙理論を読む際にも、神話を読む際と同じようなシステムを用いるということである。シュレーディンガーを読む際にも、プラトンを読む際にも、同様のことが適用される。

おそらく、その方向性を一点突破した人が、ユングだったのだろう。魔術的なものであれ、神話であれ、何であれ、それらをイメージとしてとらえるという強力な一点突破である。ユングは、化学の基礎を築いた錬金術についても同じように見る。当時の錬金術師たちは、自らの内的な象徴変容過程を化学的な変化の中に投げ込んでいた、と見る。UFOでさえ、その方向性からとらえる(たとえば、『空飛ぶ円盤』ちくま学芸文庫参照)。それは随分極端なようではあるが、妄信しないようになるためには、かなり有効な方法ではあるのだろう。科学でさえ、夢と同じように扱うということである。


人は、見たいものを見せてくれていると感じるものに入り込む。ある新興宗教にはまることも、ある作曲家の言っていることを事実だと受け取ることも、構造は同じである。アイドルに入り込むことも、自己啓発系のものにはまることも、同じである。ユングに傾倒することも、フロイトに傾倒することも、科学に傾倒することも。言ってみれば、それらの構造は“恋”である。

私は、私が見たいと思うものが、ユングや、井筒俊彦や、エンデや、ドストエフスキーの中にあると感じた。投げ込んだ。恋をした。だから、それらに入り込むことにした。ある部分では同化し、咀嚼することに決めた。

そこに真実が描かれているということではない。私にとって、世界を理解する際に使い勝手の良い構造がある、と感じたということである。理想を言えば、私は、私自身で、世界を理解する枠組みを作り上げたい。しかし残念ながら、ユングや井筒俊彦ほどの理論構築能力は持ち合わせていなかったし、エンデやドストエフスキーほど、先鋭化されたキリで世界を穿って行く力もなかった。だから、その構造を借用することにした。


使い勝手が良いものを選ぶ際、その耐用年数を考慮することは一つの助けとなる。たとえ事実ではなかったとしても、長期間残ることができたということは、そこに人を動かす何らかの力の骨格が存在していた、ということではある。それは、事実である。10年では少々物足りないが、100年単位になれば、まずまずである。その年月の中で、人々の知的/感情的な風雪にさらされ、無駄なものが削ぎ落されている可能性はある(無駄なものが付け加えられている可能性もあるが、それは各時期におけるものを比較することで、付け加えられた部分についてはある程度峻別はできる)。

たとえば、ユングや井筒俊彦が参照するものは、神話であったり、古典的な宗教(キリスト教・ユダヤ教・イスラム・仏教)であったり、ギリシャ哲学であったりする。これらは、少なくとも千年単位で“生き残った”ものである。本当はそちらを参照したいのであるが、あまりにも膨大であること、また原著で読むことができない(英語ならまだしも、ドイツ語・フランス語はもとより、ギリシャ語・ラテン語・ヘブライ語・アラビア語は、私には到底無理)ため、それらを一挙にまとめてくれたユングと井筒俊彦に頼るしか方法がない。そのため、私の知識などは、ユングや井筒俊彦のフィルターを通したものでしかない(それでさえ、読み切っているわけでもない。大分ダメである)。

過去のものが良くて、現在のものがダメだ、ということではない。現在のものであっても、今後千年単位で、本質的な部分が生き残ることは十分に考えられる。本質を即座に峻別できる人にとっては、現在進行形の新しいものであっても大丈夫なのであろう。しかし、私は臆病なので、古いものに頼っているということだ。


以前私は、ジョゼフ・キャンベルの『神話の力』から、神話を作成した人物たちは当時のスーパーエリートであった、という内容を引いた。その人物たちは、自らが所属する民族・部族を、“正しい”方向に導かなければならない、という、強力な責任感を持っていたということ。もちろん、それだって事実かどうかはわからない。しかし、そういう厳粛な気持ちと命を賭した責任感のもとで生まれたもの、あるいは後世のものがそのようにとらえたものが、千年単位で残るものになるとは思う。この点で他者を騙せるとしたら、それは詐欺師として一流である(おそらく、私は“金儲けのため”ほどではないものの、仕事だからとか、そういうレベルぐらいでしか考えられないから、なかなか一流になれないのだろう)。

耳が聞こえないにも関わらず音楽を作成するということ。それは、目が見えないことによって、異なる世界が見えるようになったという、誰かが言ったことと、構造は似ている。五感が閉ざされることで、異なる世界が観えるという構造は、遥か遠い昔から存在している。結局、目に見える、耳で聞こえる、肌で触ることができる、そういう世界とは異なるものを観たい、という欲望が、思っていた以上に高まっているということでもあるのだろう。

<たんに麻原にだましの才があったためだけではなくて、じつに多くの人びとがだまされることを無意識的には望んでいたという側面もあることを忘れてはならない。>(武野俊弥『嘘を生きる人 妄想を生きる人』新曜社、p. 33)
<自分に都合の悪いイメージや現実は完全に無視し、悩まないでいられるところに、すなわち見事なまでの一面性のなかに空想虚言症の母胎があると考えられる。>(同前、p. 48)


18世紀のフランスでも、20世紀半ばのアメリカでも、20世紀末の日本でも、そして現在の日本でも、あまり変わらないのかもしれない。しかし、その盛り上がり方には、おそらくパターンがある。五感で感じられるものに自信が持てなくなったときなのかもしれない。不安定な情勢で、先行きが見通せない時なのかもしれない。生きていても現実感が持てなくなるような状況が現出したときなのかもしれない。

そのような日本の状況の中で「心の専門家」などともてはやされた職業が、私たちカウンセラーでもある。なんと胡散臭いことか。その胡散臭さは、理解しているつもりである。

<我々精神療法家は、第二の麻原彰晃にならないためにも、みずからの虚偽性に目覚め、それを自覚し、他者に投影することなくみずからのものとして(すなわちみずからの職業につきまとう影として)引き受けてゆかねばならないのである。>(同前、p. 31)

しかし、その影に、いつ乗っ取られるかわかったものではない。たとえば、私の勉強会に参加してくれている学生を、私は、“稲垣の信者”にしてしまいたい欲望がある。あるに決まっている。それを意識しているだけマシなのだろうとは思うものの、それに乗っ取られる危険性はいつも隣にある。極めてピーキーだ。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ina

Author:ina
水曜の会用 文書置き場

カテゴリ
写真保管庫
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。