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SNSへの書き込みについて

【警告 特に教育実習生・学習ボランティアに行く学生に対して】

SNSの書き込みには十分ご注意ください。実習校で起こった出来事は、すべて「守秘義務」の範疇に含まれます。児童生徒の名前は当然のこと、筆跡も個人情報です。私が実習生でしたら、実習関連の出来事を少しでもSNSに書き込むことはためらうでしょう。

特に、否定的な言葉を投げかけることは、大変危険です。否定的な言葉を誰かに向けて投げかけることは、人を「呪う」ことです。

「呪い」は有効です。誕生日に祝われることによって元気になることと同様に。つまりそれは、「祝い」が有効であることと同じ意味において、有効であるということです。これらは、どちらも言葉によって行われます。それが相手にプラス側に働くものを「祝い」と呼び、マイナス側に働くものを「呪い」と呼びます。

人を呪うとき、自分の中に負のエネルギーを溜め込み、醸成する必要が出てきます。つまり、人を呪う際には、自分自身が、負のエネルギーに、必要以上にまみれることになります。

人を呪うことは、深刻なリスクを伴います。取り返しや回避が可能であるというニュアンスを含むリスクという言葉では生温いかもしれません。だから言い方を変えましょう。それは、極めてデンジャーです。

私が誰かを呪うときは、「刺し違える覚悟」がある場合のみです。

せめて、祝うことを心がけてください。お願い申し上げます。

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バケツの水を流すこと

学生の模擬授業を見ていて思ったこと。

用意した内容をそのまましゃべろうとすると、「内容が飛ぶ」。また、原稿丸読みのような話し言葉になってしまう。これは、見ている限りでは結構多い。発表を課すと、原稿そのままを丸読みする学生も相当数いるが、さすがに模擬「授業」となるとそうはいかない。

原稿を予め書いておくことは必要である。それは頭の中に、「道筋を作っておく」ために必要な作業である。たとえば、土の斜面に、バケツにくんだ水を流す。何度も流していると、土が削れて、まるで川のように、水が流れやすくなる箇所ができる。原稿を書く作業とは、この「バケツにくんだ水を流す」作業である。ここでしっかりと、何度も水を流しておけば、しゃべるその場になった際、あとはその時に水を流せば「ちゃんと」流れることがわかる。だから、原稿の内容を一字一句覚えている必要がなくなる。つまり、精緻に原稿を書くことは、原稿の内容を「忘れる」ために行う作業ともいえる。

また、水が流れる道筋さえちゃんとできていれば、途中で脱線することも可能になる。順序が変わっても、途中から話を始めることもできる。水が流れる道筋ができているのだから、安心していられる。本筋とは違う内容であっても、つまり脱線の内容に関する溝も、別の機会にきちんと作ってあったとすれば、そちらの方向で話を膨らませることもできる。もちろん、戻れないといけないけれど。

この作業の面白い所は、まれに、自分が元々原稿に書いた結論とは異なる場所に着地することである。それは極めてスリリングで、面白い。自分が作った道筋の通りであると、「うーん、この話、俺知ってるし」となる。しかし、話している最中に、今までとは微妙に違う場所に水が流れて行くと、「おぉ!?俺、どこに着地するんだ!?」という感覚が訪れる。しかし水は、流れるべき方向にしか流れない。だから、安心して、その流れを追えば良い。すると、最終的に「おぉ…。こういう結論になったか…」と、しゃべっている自分が感動することになる。

もちろん、ある程度慣れなければ、ただの支離滅裂な話となりかねない。そうならないためには、あらゆる機会に水を流し、道筋を作っておくことである。思わぬ川と川が、末端で結びつくことがあり得る。違う川だと思っていたら、源流が同じということもある。

これは、文章を書いていても同じである。書いてはじめて、自分が考えていたことに出会うことも多い(内田樹氏はよくそう書いているが)。たとえば、前段落で書いた「思わぬ川と川が、末端で結びつくことがあり得る。違う川だと思っていたら、源流が同じということもある」という箇所は、この文章を書き始める際にはまったく考慮していなかった。書いていたら、そういう場所にたどり着いた。

既に書いた箇所については、考える必要がなくなるために、「脳内メモリ」に余裕ができる。そのため、異なる発想に利用することが可能となる、場合があるのかもしれない。わからないけど。

6/4(水) 水曜の会

次回の水曜の会は、

6/4(水)5時限目
14−101
テーマ:「あぶれもの(アウトサイダー)」について

です(後ほどメールでもお送りします)。
終了後、食事に参ります。

よろしくお願い致します。

怒りと気苦労について

心理学科卒業のものとして多少恥ずかしいが、ウィリアム・ジェイムズを初めて読んだ。少々気になる部分を引用する。

ウィリアム・ジェイムズ『宗教的経験の諸相 上』岩波文庫 pp.274-276

〈ホレース・フレッチャー氏はその『精神治療』Menticultureという小さい本のなかで、ある友人と、日本人が仏教の戒律の実践によって体得する自制について語り合ったとき、その友人が次のように語ったと述べている。
 「『君はまず怒りと気苦労を取り除かなければならない。』私は、『しかしそんなことができますか?』と言った。すると彼は、『できます。日本人にはそれが可能なのです。ですから私たちにも可能であるはずです』と答えた。/…『もし怒りや気苦労を取り除くことが可能であるのなら、どうしてそもそも怒りや気苦労をもつ必要があるのか?』この論証の強さを私は感じた。…以前には不愉快さやいら立ちの源泉となったものすべてが、以前とまったく同一なのに、それらに出会っても、私はちっとも無礼だとは思わない。…私はたいへんおもしろい愉快な旅行になることを期待して、汽車に乗ることにしていたのに、私の手荷物が届かなかったので、列車は私をおきざりにして発車してしまったが、私は汽車がステーションから出てゆくのを見送りながら、腹だったり、いらいらしたりする気持ちをすこしも感じなかった。ちょうど列車が見えなくなったとき、ホテルの給仕が息せき切って駅へかけ込んできた。私を認めるやいなや、給仕は、どなりつけられはしないかと恐れるような様子をして、街の群衆にせき止められて抜け出てくることができなかったことを述べはじめた。彼が述べ終わったとき、私は彼に言った、『なんでもないよ。君はどうしようもなかったんだ。また明日のことにしよう。これはお駄賃だ。そんなにたいへん骨を折らせたのに、ほんの少しばかりですまないがね。』彼の驚いた顔には、満面に喜色が溢れていたので、私の出発が延びたことは即座に償われた。/…私の経験の最初の数週間、私はただ気苦労と怒りとだけを警戒していた。…ついに私はそういうすべての感情がさきに述べた怒りと気苦労という二つの根から生え出たものであることを確信するにいたった。〉

これは言い過ぎであろうとは思う。とはいうものの、「怒りと気苦労」については思うところがある。

まず、気苦労について。たとえば何人かで予定を決める際、なかなか返信が集まらないと決まらないことがある。それによって迷惑をかける相手のことを考えて、私は驚くほどイライラすることがある。しかし、そもそも返信など返って来た時が最速であるため、そこでイライラしてもエネルギーの無駄ではある。結果的に私が行うこと自体は変わらない。もちろん、多少は早く返事を出してくれた方が嬉しいことは確かであるが、過剰に気をもむことは、エネルギーの無駄遣いであるのは確かである。

他にも、何か仕事を頼まれていて、それを行わなければならないとする。まだ帰りの電車に乗っている最中から、「面倒くさいなぁ。アレもやんなきゃいけないし、コレもやんなきゃいけないし、考えなきゃいけないことがたくさんあるのに、どうしてこんなことまでやんなきゃいけないかなぁ。この仕事、相手がいることだから、どうメールを打ったら相手の気分を害さないか、考えなきゃいけないよなぁ」などと頭の中を回していることがある。しかし、電車の中でいくら回そうと、やること自体は大して変わらない。少なくとも、やる時間さえ決めてあれば、その時に私が、さほど不適切ではない反応ができることを、私は“知っている”。それならば、電車の中でぐるぐると回す必要性はないことになる。

「怒り」についても、私の場合、ほとんどがこの「気苦労」から出発することが多い。そうではない「怒り」も存在するものの、割合は滅法少ない。ならば、私の場合この「気苦労」に意識を集中させて、少しでも私の脳内メモリを「気苦労」が占有しそうになった際、“脇にどけておく”ことができれば、私の脳内メモリ残量を相当量確保することができることになる。
“気苦労を脇にどけておく”ことができるためには、“自分が結果的にどのような行動を行っているか”という点に関して、なるべく正確に把握している必要はあるのだろう。しかし、それがある程度正確に行われ、かつその行動が適切であった場合、「気苦労」を頭の中で無駄に回すことを回避することは可能である。

いつもイイカゲンな行動ばかりしている者にとっては意味のない方略かもしれないが、そもそも「気苦労」を過剰に行う者は、およそクソ真面目である率は高いので、その行動もさして外れたものではないのだろう。ならば、試してみる価値はある。

ちょっとやってみた限りで言えば、これは相当効果がありそうだ。少なくとも、脳内メモリの保護と残量確保のためには。


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