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10/9(水)水曜の会(予定)

8月・9月は水曜の会がお休みです。
(9月には、偶然海沿いで集合してしまう日があったような気はします)

10月の水曜の会は、

10/9(水)17:00から
14−101
テーマ:「罪と罰」におけるスヴィドリガイロフの性質と、人格障害との関連について

の予定です。おそらく久々に、「オカルト研究会」的な内容になると思います(すみません)。


事前情報として、私が話の前提とする、井筒俊彦と、小林秀雄の文を引用しておきます。


1)井筒俊彦はドストエフスキーを「見霊者」と呼びました。

「彼にあっては画面はいつも二重写しでぼけている。彼が描くペテルブルグの風景は常に幻影のような印象を与える。これはドストイェフスキーが,日常的人間生活の現実を平面的に描いているのではなくて,実は表面的な現実の向う側に存在するもう一つ別の世界を象徴的に描こうとしているからである。…彼はいわばこの時間的秩序の向う側に,時間のない世界,時間的世界とは全く質を異にする世界,時間を超越した永遠の秩序を見ていた」(井筒俊彦,『ロシア的人間』)


2)そして、小林秀雄は『罪と罰』における、スヴィドリガイロフという登場人物について、以下のように記しています。

「享楽家スヴィドゥリガイロフ,毒害を享楽し,暴行を享楽し,幽霊を,懺悔を,同情を,愛を,自殺を享楽する男。而も享楽に関する執拗な自意識が,享楽の陶酔を全く許さぬ男。限界のない獣性が繊巧にまで達した様な男,こういう男の顔が仮面に似ずしてどんな生き物に似ていようか。限界のない享楽は仮面と結ぶ,虚無と結ぶ。ドストエフスキイの著想中における享楽という言葉は言わばこの世の意味を消失しているのである」

「興味の対象は一切その意味を失い,興味だけが存するとでもいう様な精神の地獄こそ,スヴィドゥリガイロフが背負わされた作者の着想なのだ」
(小林秀雄,『ドストエフスキイの生活』)



大変長い小説ですし、人名が把握しにくいので、無理にとは言いません。ただ、できればドストエフスキーの「罪と罰」をお読みいただけると、より理解がしやすいかと存じます。私は新潮文庫版を読みましたが、光文社古典新訳は、人名が統一されているので読み易いようです。光文社版には賛否があるようですが、大まかな内容に変わりはないと思われます。

それでは、よろしくお願い致します。
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