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記録としての写真

小学生の頃からずっと、旅行やイベントの「記録」のためにカメラを持ち出していた。使っていたカメラは、「写るんです」のような、撮り切りのものであった。最初に、きちんとしたデジタルカメラを買おうと思ったのは、新婚旅行の時である。2007年の春。タヒチに行った。買ったデジカメは、FinePix S 9100という、富士フィルムが出している、当時8万円ほどするものだった。写真の撮り方は何も知らず、初期設定のまま、使っていた。一眼レフが欲しかったのだが、買ってから、S9100は「ネオ一眼」と呼ばれる、レンズ交換ができない、「なんちゃって一眼」であることを知った。

S9100を買おうと思っていた時、GR DIGITALというリコーの出したコンパクトカメラを見て「なんてみっちりと、小さい中にメカが詰まっているように見えるカメラなのだろう」と、その形にほれていた。しかし、「一眼レフ」が欲しかった私は、GRを見送った。

しかし、なぜがどうしても欲しくなり、臨時収入が入ったときに、衝動買いをした。2007年の冬。2万円以内で買えるコンパクトデジカメが多い中、GR DIGITAL2は8万円を超えていた。驚きの値段だった。S9100よりも高いのである。

よほど高性能なのだろうと思っていたが、ズーム機能がないことにまず驚いた。買ってから気づいたのである。失敗した、と思った。

しかし、その「みっちりした」機械が持つ感覚は、とても心地よかった。また、ズームがないレンズのことを「単焦点レンズ」と呼ぶことも知った。そして、S9100とGRでは、向いている被写体が違うことに少しずつ気がついて来た。私の撮り方の問題もあるのだろうが、S9100は、南の島のような、空や海がきれいで、緑が鮮やかな場所で絶大な力を発揮するように見えた。色の再現が恐ろしく美しかったからだ。しかしGRは、南の島ではあまり力を発揮せず、むしろ都会の、ビルの谷間のような、人工物の直線が多い、退廃的な空間に対して絶大な力を発揮するように感じた。

実際には、どの機材を用いても、美しく撮れるように設定すればそのように写るし、退廃的に撮れるように設定すればそのように写るのであろう。ただ、当時の私はその設定方法が良くわからなかった。

それから5年が経過した。ロバート・キャパは「写真をマスターするには、6年で十分だ。最初3年ですべてを覚え、残り3年ですべてを忘れる」と言ったらしい。今年の暮れには、私は写真をマスターしていなければならないことになるのだが、まぁ、巨匠と比べても仕方が無い。ただ、すべてを覚えた時間をかけてすべて忘れ、その時に完成する、という感覚は、おそらくそうなのだろう、という気がする。

随分写真関連の本を読んだと思う。本業でもないのに、おそらく数十万単位で書籍を買っただろう。「当たり」と思う本も、「ハズレ」と思う本もあった。読んでいて思い出したことがある。中学生のとき、私は写真部に入りたかったこと。小学6年のとき、父親の一眼レフ(OLYMPUS OM10と標準ズームレンズ)を借りて、モノクロで友人を撮影したこと。しかし、中学には写真部はなく、撮影について教えてくれる人もおらず、本を探す手段も知らず、写真への興味は消えて行った。

フィルムカメラからデジタルカメラになって、どのような撮り方をしたらどのように写るのか、すぐにわかるようになった。素敵なことだと思った。練習にはうってつけだと思った。

3分割法、日の丸構図の忌避、導線、露出補正の行い方、レンズにおける焦点距離による描写の違い、コントラストとシャープネス、被写界深度。書籍で、いろいろなことを知った。新しい知識を得るたびに、それを試して行った。化学の実験のようだった。普段見ているものが、異なって写る様に興奮し、いろいろなものを撮って行った。

もちろん、まだ知らない知識は大量にあるのだろうけれど、一通り試してしまうと、今度は撮影するものが見つからなくなった。面白くなくなってしまった。これが、2009年ごろである。撮影した枚数もかなり減った。その時、今度はフィルムカメラに手を出した。50年前の中古カメラ。ライカの中古レンズ。新しい道具を手にして、試すことが増えた。しばらくは続いた。しかし、写真撮影を化学の実験と見ている方向は変わらず、その実験も長続きはしなかった。

2010年に子どもが生まれる。単純に趣味だったカメラが、再度、純粋な意味で記録のために使われることになった。生まれたばかりの息子の写真、初めてハイハイできた時の写真、どんぐりを拾う息子の写真。最初、息子を「芸術的に」撮って行こうとしていた。しかしそれは、記録として、あまり意味がないことに気がついた。息子をアップで撮影して行こうとした。しかし、周囲に何があったのか、部屋の様子はどのようなものであったのか、そういった情報が一緒に写っていないと、後から見ても味気ないことに気がついた。

芸術的かどうか、そういったものはあまり、私が追求しても面白みのないものなのかもしれない。それは作家にまかせておけば良い。

記録を。きっかけがあれば、色々なものが思い出せる、刺激としての記録を。


何でもかんでも撮影して行けば良い、というものでもないのかもしれないが、多分、「これは良い写真だ!」と、撮影したときに思っていなかったような写真が、後から見たときにぐっと来ることも多いように感じた。たとえば、まだ息子が生まれていないときに妻が撮影した、私が自転車に乗っている写真。今でもその自転車には乗ってはいるが、5年前の自転車はさびついていない。それだけで、私には少し、涙が出そうな思いが湧く。何度も通った実家近くにある温室が取り壊されることになった。その温室が写っている写真を見ると、やはり涙が込み上げる。

記録という意味合いがあるため、確かに写真は過去に向いている。また、その写真をあとから見たときにどう感じるか、という未来にも向いている。撮影する時の気持ちという、現在にも向いている。

私にとって、写真の技術は、芸術的に撮るためではないのだろう。どのように設定し、どのような撮り方をすれば「息子や妻が活き活きと写るか」であったり、「きれいな緑だ、と思った印象を残せるか」であったり、「退廃的なものに気持ちが向いていたことを残せるか」であったり、「10年後に見たときに、いろいろ思い出せるような写真になるか」であったりする技術なのだろう。5年かけて貯め込んだ知識を、これから5年かけて捨てて行く、そういう時期に入ったのかもしれない。もちろん、新しい技術や知識も、新たに入れて行くことはあるだろうけれど、大きな方向として、意識的に捨てて行くことを始める時期なのかもしれない。

生きている時間はそれほど長くはない。この1年で、私が何をなし、何を感じ、何を考えたのだろう。既に息子は、私のライブDVDを見て、私たちが作った歌を口ずさんだりしている。1年前、息子はまだ、ハイハイしかできなかったのに。


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