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4月の予定

4月の水曜の会は、
4/11(水)5限 11−302
「ボーダーラインパーソナリティ障害と『異界』性について」
の予定です。

4月の「模擬授業をやってみる会」は、
4/25(水)5限 11−302
5/2(水)5限 11−302
の予定です。


よろしくお願い致します。


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クレームと、丸く収めること

喫茶店に入る。

しばらくすると、20台の男性(A男とする)が入って来て、席に上着を置き、すぐにトイレへ行く。
そこへ、60台の男性(B氏とする)が入って来る。上着が置いてある席であるが、前の人の忘れ物だと思ったのだろうか。その席に座ってしまう。
A男が戻って来たら水を持って行こうとしていた若い女性店員(Xさん)がいたが、後からやって来たB氏には、すれ違いで、うっかり違う若い女性店員(Yさん)が水を持って来てしまった。

B「これ、忘れものじゃないかね?」
Y「え…、お客様のものでは…」
B「いや、私のではない」

そこへXさんが水を持ってやって来る。

X「あ…、ここ…、その、先にお客様がいて、トイレに…」

B氏は一気に機嫌が悪くなる。

B「私は先に水を貰ってしまったんだよ。これは忘れ物だと思っていた。どうしてくれるんだ? 私は先に水を貰っているんだから、私に権利があるんじゃないのかね? どちらが正解なんだね? 結論は? 私にこんなにリラックスさせておいて、席を移れと言うんじゃないだろうね? 君たちみたいなバイト店員じゃ話にならない。店長を呼んでこい」

XさんとYさんはしばらく話しあった後、主任とおぼしき男性店員に話しに行った。
そこへ、A男がトイレから帰って来る。

A「あ…」
B「あ、いや、悪いね…。今、店員から話を聞いてね。あなたがトイレに行っている間だったと知らなくてね」
A「あ、いや、良いんです」
B「そうかい? いや、老人にはね、このくらいゆったりした席の方が良いんだよ。いや、悪いね」
A「いえ、お気になさらないで下さい。私は全然大丈夫ですから」

主任がやってきて、丁寧に謝る。

B「今、彼と話してね。話はついたから」


しばらくして、Yさんが注文を持って来る。その時に、席を移動したA氏に対して「申し訳ありませんでした」と謝った。また、B氏は機嫌が悪くなる。

B「おい、どうしてその若い男性には謝って、私には謝らないんだ? 私のことを下に見ているんだろう?」
Y「い、いえ…、そんなことはないです…」
B「そんなことあるだろう。そもそも、悪いことをしたと思ってないのではないかね?」
Y「いえ…、そんなこと…本当に申し訳ありませんでした…」
B「口先だけで言ってもね。目で分かるんだよ。決して謝っていない。申し訳ないとも思っていない。私はね、自慢じゃないけれど、頭が良いんだよ。国立大学を出ているんだ。おまえなんかとは出来が違うんだよ。数億倍もね。人間的におまえより、数億倍、出来てるんだよ。わかるか? いいか、おまえみたいな人間は、いつもこうやって、できる人間から見られているんだ。その奥に、頭の、ここだよここ、ここで考えていることを透かしてみられているんだよ。良く覚えておけ。おまえは成人しているのか? どうしようもないな」
Y「……あの……、申し訳ありませんでした……」


周囲にいた人々は、皆静かになっていた。


それから数十分が経過する。A男が立ち上がった。もう退出するようである。そしておもむろにB氏に話しかける。

A「あれ、書き物ですか?」
B「ん? あぁ、この席、暖かくてね。筆が進むね」
A「えぇ、確かに、そこが一番良いかもしれませんね。筆が進んで何よりです」
B「いやぁ、老人の説教を聞かせてしまったかな」
A「いえ、そんなことありませんよ。お店も少し、粗相が続きましたものね」
B「まぁ、若いからね。仕方ないだろう。しかし、参考になっただろう? 君も若いから、参考にしてくれ」
A「えぇ、参考にさせて頂きます。それでは、また」
B「あぁ、また会うこともあるかもしれんね。うん。それでは君、頑張ってくれたまえ」


それほど単純な出来事ではなかったようにも思うし、実に単純な出来事だったのかもしれないとも思う。

インパクトが強いのは、B氏の「私はね、自慢じゃないけれど、頭が良いんだよ。国立大学を出ているんだ」という発言ではある(マンガ以外で初めて耳にした)。人は、イライラし、腹が立った時、口が滑ることもある。感情が高ぶれば、考えていることを正確に伝えることができなくなる時もある。しかし、だからこそ、なのかもしれないが、B氏の「在り方」が多少、露呈してしまった部分もあったのだろう。おそらくこの流れからすると、「東京大学」や「京都大学」を出ているのであれば、そうはっきりと言っていたはずだ。その辺りをぼかし、「国立大学」と言っている部分に引っ掛かるものを感じる。また、出身大学を、60台になってまで言うところにも引っ掛かる。社長をやっていた、重役だった、議員だった、そのような、かつて仕事上で持っていた地位を出しても良かったはずである。しかし、40年近く前の「勲章」を取り出している。出身大学の価値は、現代とは違うのかもしれない。相手が学生か何かだと思ったから、大学という勲章を出したのかもしれない。ただ、何れにしても、出身大学が、その人自身の「人格特性」と言えるかどうか、特に相手と比して「数億倍も出来の良い人間」である根拠となるかどうかは疑わしい。

もしかしたら、学歴を根拠に、自分より高学歴な人々から何か嫌なことを言われて来た経歴があるのかもしれない。もちろん、確認はできないことだ。ただ、相手を言い負かそうとした際、「学歴」を自ら持ち出す人は、その人が「学歴」に劣等感を抱いている場合も多いようには感じる。特に、「私のことを下に見ているんだろう?」という発言があるため、「上か下か」という部分は、B氏にとって重要なものであった可能性は高い。また、「まぁ、若いからね」「君も若いから、参考にしてくれ」という発言から、年齢を基準に何かを考えているらしいことも伺い知ることができる。上か、下か、という権力構造を、「学歴」や「年齢」によって決定しようとする傾向が強い可能性がある。権力の基本構造は、「他者を思い通りにコントロールできること」でもある。「学歴」や「年齢」という、ある意味変更できない「ラベル」によって選別し、相手を思い通りにコントロールしたい人物なのかもしれない。そのような社会構造の中に長らくいたのだろうか。あるいは、そういう物事の見方が生きるために有効であることをどこかで学習したのだろうか。

「クレーム」をつける際、なるべく理路整然と相手に伝えようとした点は評価できる。感情に任せて、論理構造がムチャクチャになるほどではない。しかし、上手く使い慣れていない「感情」が暴走しているようにも見える。特に、それが「自分より『下』の人間に、たしなめられている」と感じた際、強力に暴走しているようにも見える。そして、客の方が店員より上である、という思いもあるようだ。それは、「金を払っているものの方が偉い」という基準なのかもしれない。クレームをつけることが権利であるような、そこで働く店員も一人の人間であることを除外しているかのような物言いでもあった。



この状況をどのように収めるか。それをA男はおさえている。人に寄っては、巻き込まれたくないと、早めに席を立つかもしれない。しかし、A男は数十分席に残っていた。その行為が、店全体の「場」を破滅的なものにしなかった。そして、穏やかに話しかける。特に、「頭が良い」と言っていたことを含め、「書き物をしている」ことを触れられることが最も自尊心をくすぐるであろうことを理解しているかのように。また、粗相という言葉も、おそらく何周かして、この年代の人には心地よく響くであろうことを計算しているようでもあった。更には、喫茶店にお互いがまた来店し、ばったり会う可能性を見越して、「それでは、また」という言葉を添えている。

見事である。



「クレーム」というものをいくつか見ていると、どれも最終的に「あまり得ではなさそう」に見えてしまう。消費社会の中にあると、確かにクレームをつければ、金品は戻って来たり、良いものが手に入ったりすることはあるのだろう。しかし、たとえばB氏は、その「クレーム」をつけたことで、何か得をしたのだろうか。確かに、「良い席」は移動せずに済んだ。しかし、周囲からの嘲りの視線と、店員からの怒り、不愉快さなどを同時に「購入」することになる。更には、もしかしたらかつて傷ついてたかもしれない、「学歴」に関する劣等感を切り開くことになってしまう。本当に欲しかったものは、席だったのだろうか。人から慕われることだったのだろうか。私には良くわからない。

ただ、私は人のことが言えない。このB氏が店員に向って「私はね、自慢じゃないけれど、頭が良いんだよ。国立大学を出ているんだ。おまえなんかとは出来が違うんだよ。数億倍もね」と言った時、「頭の良さ比べをしてやろうか?」と、少し思ってしまったのである。同じ枠組みで、同じ機構で、私もものを考えているのではないか。上か、下か。頭が良いか、悪いか。

とっさに私に浮かんだ、A男に対する評価も、「結局A男は、B氏より遥かに頭が良い」というものであった。しかし、A男は何も、頭の良さ比べをしたわけではない。「丸く」収めようとした。関係する人それぞれ(それは、そこにいた客である私たちを含め)のわだかまりにならないよう、できることをした、ということである。



もちろん、丸く収めるだけでは上手く行かないことも多いだろう。戦わなければならないこともあるのだろう。しかし、丸く収める能力が有効に働くことの方が多いようにも思う。そして、戦うことより、丸く収めることの方が、労力が遥かに大きい。「丸く」収めるには、状況すべてを俯瞰できなければならない。



規模にもよるだろうが、私にはできないような気がする。少なくとも、A男のようなことは、私にはできそうもない。



せいぜい私が気をつけることができるのは、「クレーム」の部分である。おそらく、特に日本の「関係性」を重視する風土(河合隼雄氏の用語で言えば、「場」を主とする倫理)の中では、「クレーム」で得られるものは非常に少ないということである。完全に「個」を主とする倫理に移行した場合にはそれも異なるかもしれないのだが、おそらく、当分ないであろう。自分がクレームをつけなければならない時には、こちらの要求を並べ立てるのではなく、「相手が心地良く、こちらのために動いてくれるような気持ちになってもらう」ことを心がけたいとは思う。

まぁ、商売には向かないのかな。



以前、購入したデジタルカメラが不良品であった。まず1回、メーカーのサービスセンターまで赴き、本体を交換してもらったが、これがまた不良品であった。もう1回交換してもらうことになったのだが、その際、「先代のモデルから愛用していること」「先代を3年間故障もなく、とても気持ちよく使っていたこと」「そのため、新しいモデルが2回も不良品であったことに、ショックを受け、悲しい気持ちになってしまったこと」を伝えた。その際の対応は、とても気持ちの良いものではあった(ただ、不良品の多さ自体には辟易していた)。

しかし、その1年3ヶ月後、また壊れてしまった。3度目のサービスセンター訪問。これは私の使い方が粗かった部分があるのかもしれない、とは思ったが、かなり丁寧に扱う方ではあると思っている。しかし、もう補償期限が過ぎている。修理するためには2万4千円かかることを、ネットなどで事前に調べていた。しかし、サービスセンターの人は、

店員「いや…、以前にも何度もご迷惑をおかけしてしまっておりますし、この使い方でしたら、お客様の過失ではございません。それは機体を見ればわかります」

と言った。

私「え…」
店員「今回、補償内での修理、ということで…、いかがでしょうか…?」
私「よろしいのですか…?」
店員「はい。これほど大切に使っていただいているのに、申し訳ないです」
私「なんと…。実は、今回は修理を諦めて、新型が出ているので、そちらを購入しちゃおうかと思っておりましたが、やっぱりもうちょっと使いたいな、と思いまして、もう2万円払うつもりでした。いや、とても嬉しいです」
店員「えぇ、もう少し、使ってあげて下さい。是非」

うっかり新製品を買おうとしているにも関わらず、無償修理をし、かつ「もう少し使ってあげて下さい」という言葉は、私は嬉しかった(この会社の儲けはどこにあるのだ、と思った)。もう少し、この会社のカメラを信用して使おうかな、と本当に思った。


持ち込んだ際の私の行動が良かったかどうかを示す証拠ではない。ただ私は、「自分がサービスセンターの人間だったら、どのような人のカメラを直したくなるだろうか」という基準に従おうとしていた。それが正しかったのかどうか、それはわからない。しかし、意識できる時には、なるべく、そのような思考回路で動いていたいと思う。


多分、その思考回路がうまく回らないことの方が多いだろうから、自戒の念を込めて、ここに書かせていただくことにした。


ありあわせのもの

息子(1歳4ヶ月)が猛烈に鉄道を好きになってしまったため、「日本の新幹線・特急」という映像や、「列車大行進2012」という映像を、ブルーレイで購入する。「しゃ!しゃ!」とせがむので、その映像を流すと、必死に指差しながら「…っしゃ!しゃ!どぅんしゃ!」と言う。寝言でも「しゃ…しゃ…バ、バ」と言っていたりする(しゃ=電車、バ=バス。ちなみに、路面電車は「バ」扱いになっている)。

今まで私は、鉄道にはほとんど興味を持っていなかった。しかし映像を見ていると、ぐんぐん引き込まれている。妻はどちらかというと映像そのものにはあまり興味を持っていないようであるが、私はむしろ観ていたい。新しい映像も欲しくなっている。深夜にNHKでやっていた「ローカル鉄道の旅」というものも録画し、かなりのローテーションで流し、息子と一緒に観ている。他にも、「欧州鉄道の旅」とか、鉄道関連の映像を録画してみたが、延々と鉄道の「外側」を映しているものでなければ、息子はあまり興味を示さない(観光紹介部分や車窓・車内映像で飽きる)。鉄道の外観が大切であるようだ。

ということで、息子を抱っこし、近くの踏切に電車を見せに行く。観ているうちに、私自身が、その路線にはどんな形の列車があるのか、そういったことに興味が移って行く。名前も徐々に覚えて行く。

今まで「移動手段」でしかなかった電車であるが、どことなく魅力を放ち始める。しかし、私が感じている魅力とは何だろう、と考えてみる。まず、以前と異なった点は、乗っている最中に、テレビに映し出されていたような「俯瞰」の映像が頭の中に同時に再生されるようになったことである。良く思い出してみると、中学生の頃「A列車でいこう4(A4)」というゲームで、自分で作った箱庭の中を列車が走り、その「車窓モード」を観ることが好きだった。まさにその感覚を、電車に乗りながら頭の中で再現できるようになった、ということである。

今までも、鉄道を俯瞰で撮影した映像を見たことがあったはずである。しかし、私の頭の中で、自分が乗っている最中にそのような視点の変換が行われることがなかった。おそらく、漫然と見るだけでは効果がなかったのであろう。今後、息子が本格的に電車が好きになった場合、一緒に乗りに行くことがあるかもしれない、という自らの生活への強力な引きつけがあって、初めて「身になる」ものだったのかもしれない。もちろん、私にそのような素地があった、ということも重要なのだろう。妻がそれほど電車自体には興味を示していないことからも推測できる。

息子がどのような興味を持っているのかは今の段階ではわからないが(もしかしたら、その「大きさ」なのかもしれない)、私の場合はおそらく、「箱庭的」な感覚が重要だったのだろうと思う。元来、プラモデルが好きだったり、模型が好きであったりするので(研究室には多くのミニカーが置いてある)、今微かに目覚め始めている私の「鉄道好き」エネルギーは、その根幹は共通しているように思う。最も興味が惹かれそうなものは、おそらく精巧に作られた巨大なジオラマの中を走るNゲージにCCDビデオカメラ(できれば3D対応のもの)を付け、モニターで見る、というものになるように思われる。模型を自分で作成する、という部分にはそこまで惹かれていない。あるいは、実在する鉄道と風景をコンピュータグラフィック化し、視点を変えて自由に眺めることができるものがあれば、おそらく購入しているだろう。「電車でGO」の自動運転モードは、その理想に近くはあるが、箱庭全体を見渡せない点で少々異なる。A列車シリーズも悪くはないのだが、シミュレーションゲーム部分が面倒なので、ちょっと違う。

模型であることが重要となると、完全に再現されてしまうと魅力的ではない、ということだろうか。重要なのはおそらく「どこまで再現できたのか」という点であり、完全であるならば、実際に乗りに行けば良いだけ、となってしまう。所有という点が重要かと言われると、それも少し違う。鉄道の場合、模型を集めたいという気持ちにはあまりならなそうである。

私の場合、限られた表現手段をどのように工夫して再現したのか、という点が興味関心の対象となることが多い。そのため、プラモデルを見る時にも、どれだけ少ないパーツ構成で関節を柔軟に表現できているかとか、金型の進化によってどれだけ精巧な溝などが再現できるようになったかとか、合わせ目が見えないように設計段階からどのように工夫されているかとか、そういうことが興味関心の主な対象になる。ゲームの場合にも、白黒しか出せないにも関わらず、背景の奥行きを感じさせるためにどこまで頑張ったのかということや、人物を30個のドットで描かなければならない時に、どのように工夫すれば滑らかに移動する人間と認識できるかとか、そういう部分に感激をしてしまう。CGを駆使する映画よりは、模型を駆使していた初期スターウォーズの方が技術的に興味深いのは、そのあたりなのだろう。カメラであっても、どれだけ小さい中に高性能のものを詰め込むことができたかとか、そういう意味ではデジカメよりも、50年以上前の機械式カメラの方が、制限が強くかかっているため、興味関心は絶えない。多大な金をかければできること、ということよりも、いかに制限された中で行うか、という点に美徳を感じているらしい。

そういう意味では、「ありあわせのもの」で高度にやりくり出来る人というのは、私の最も尊敬するタイプの人である。潤沢に資源がそろっている中でなら、誰でもできるとはいわないものの、「ありあわせのもの」で高度にやりくりできる人よりかは、資質的に、能力的に「下方」にいるように感じられてしまう。

ただ、仕事にしても日常生活にしても、「ありあわせのもの」でやりくりしなければならないことの方がずっと多いわけで、私がどこまでそれが実現できているのか、それははなはだ疑わしい所である。あれさえあれば、こういう人材さえいてくれれば。そんなことを思わない日は、おそらく1日もないように思う。そして、そういった「理想的な対象」の不在に愚痴を言っている。だからこそ、「ありあわせのもの」で高度にやりくり出来る人(高度に、という点は重要)が尊敬の対象となっているのだろう。憧れているのである。

ただ、これから先、「何が起こるのか予想できない」ことがはっきりして来た状況の中で(本当は昔からはっきりしていたのだろうが、それを覆い隠すような「思想」のようなものが、「信仰」のように機能していたようにも見える)、「ありあわせのもの」でやりくりする能力というのは必須になって来るように思う。それを、生きる力と呼んでも良いし、発想の豊かさと呼んでも良いし、強さと呼んでも良いし、何と呼んでも良い。しかし、それを身につけるのは、日常生活においてであるような気がしてならない。

前回も書いていることであるが、私はテレビゲームが好きである。しかし、「何でも出来る」レベルの機能を持ち始めた、ハイスペックなゲーム機では、あまり面白さを感じられなくなっている。それは私が「おっさん」になったこともあるのだろうが、技術の黎明期には「ありあわせのもので何とかせざるを得ない」感じが強く、その進歩自体が楽しかった。だから、私の興味関心は、ゲームそれ自体というよりも、その開発者の方にあったのだろうと思う。

環境的に制限がかかっている状態の中では、もしかしたら「ありあわせのもので何とかする」能力は開花しやすいのかもしれない。「何でも、やろうと思えばできる」状態の中で、「ありあわせのもので何とかする」能力を開花させるのは至難の業なのかもしれない。しかし、そのような状況の中でもなお、「ありあわせのもので何とかする」能力を開花させることができるとすれば、それは今までとは次元の異なる、今までにないような性質が生まれる可能性もあるように思う。もちろん、難度も高いだろう。ただ私は、「ものがありすぎるからいけないんだ」「昔は良かった」とだけは言いたくないので…。


ありあわせのものとは、何も環境に限ったことではない。自分自身の寿命であれ、身体的特徴であれ、生まれた国であれ、時代であれ、どんなものでも結局は「ありあわせのもの」なのである。


フェリーチェ・ベアト写真展を観に行って

東京写真美術館で開催されている、フェリーチェ・ベアトという人の写真展を観に行った。
写真美術館の解説を引用させてもらうと、

〈19世紀後半の激動する東洋を駆け抜けた、漂泊の写真師フェリーチェ・ベアト。インド、中国、日本、朝鮮、ビルマという19世紀後半に開国した国々のイメージを西欧世界に伝えた彼は、クリミア戦争、インド大反乱、第二次アヘン戦争、下関戦争、辛未洋擾など東洋における国際紛争を記録した、戦争写真のパイオニアとしても知られています。彼は戦争のリアリティとして戦場の死体を撮影した最初の写真家であり、パノラマ写真を含む建築写真や地形写真、アジア諸国の人々の肖像写真など多様な写真作品を欧米に提供した、多才な写真家の一人でもあるのです。〉

とのこと。

存在することを知ってはいたものの、「江戸時代の写真」が残っていることに驚く。しかも、恐ろしく先鋭である。ネガというか、版そのものが大型であることも関係しているのだろうが、とにかく細部まで猛烈なシャープさである。顔をいくら近づけても、そのエッジの先鋭さが失われない。デジカメで撮影して、それなりに良いプリンターで、それなりに良い用紙に印刷した程度では、到底かなわないように思える。

1850年代や60年代の写真ということは、今から150年以上前のものということになる。当時の「絵」が保存されていることには、もちろん驚きはするが、当時の写真が残っている、というのはまた別の驚きを感じる。風景画を見ると、当時の画法や、見た作家の捉え方のようなものも関係しているように思えてしまい、それが「私にとって」リアルかどうかは、また次元の異なるもののようだ。写真の場合、「あぁ、本当にこういう光景が存在していたんだな」という、奇妙なリアリティがある。特に、中途半端に色がついているものよりも、すべてモノクロームであることによって、「古さ」や「ノスタルジー」を超え、強力に生々しい印象を受ける。それは、「今、モノクロで撮影したもの」も基本的には土俵が一緒になるため、私の脳がそれとの比較に入るからなのかもしれない。写真における色使いには、どうしても流行があるようなので、「古さ」や「ノスタルジー」を喚起してしまうのかもしれない。


1850年代からの写真で、日本の他にもインドや中国、朝鮮、ビルマでの写真も展示されている。建造物の写真には、階段に腰掛けた人や、寄りかかった人、お祈りをしている人などが写っている。日本以外の人々を見ると、頭の大きさと身体のバランスが、今見てもさほど違和感がない。しかし、江戸時代の日本の人々を見ると、とにかく身体が小さいように見える。頭の大きさと、身体の大きさが、まるで「筋肉質になったおっさん顔の小学生」のように見える。鎧をまとった写真では、これは妙にバランスが良く見えるので、やはり頭部の大きさと身体のバランスが、今の日本人体型と随分異なるのであろう。今まで他の場所で見た、当時の服を見ると、サイズ自体も相当小さかったことを思い出す。

食事が違うからだとか、諸説あるようだが、私は詳しくない。しかし、同時代における、他国の人々の身体バランスとも相当異なっているため、根本的に現代とは異なる何かが、当時の日本にはあったのではないか、と考えたくなってしまう。遺伝情報によるのであれば、150年でそこまで変化してしまうものなのだろうか。身体の使い方が根本的に違ったりするのだろうか。詳しい人がいたら教えて欲しい…。


インドの写真は「インド大反乱」直後の様子、中国の写真は「第二次アヘン戦争」直後の様子を撮影したものであった。戦場の写真を美術館で見ると、いつも感じることがある。

戦場が海の近くであれば、波の音がして、虫がなき、鳥のさえずりが聞こえることもあるかもしれない。天気がよければ奇妙に静かな、ぬるい大気の感じもあるかもしれない。それなのに、遠くから乾いたような、玩具のような火薬の破裂する音が聞こえる。弾が当たれば、そんな南国の様子とは全く関係なく、激痛が走る。

そういう光景は、私は映画やテレビでしか見たことがない。映画やテレビでは、効果音が鳴り響き、画面は様々なカットに移り変わり、背景にBGMが流れ、字幕が出る。現実はそうではない、ということに、戦地での写真を見ると、ようやく気付く。BGMなど流れておらず、聞こえる音は耳が受け取ることができるもののみ。見える景色は自分の目から見たもののみで、ズームインすることも、俯瞰で眺めることもできない。そういうことに、ようやく気付く。それでも、疑似体験でも何でもないのだ。ただ、想像しているに過ぎない。

リアルに、日常を暮らしていると、そこに「編集」はない。常にシームレスに、映像は途切れることなく、延々と続く。映画では排除されるような音、どうでも良いような匂い、そういったものが途切れることなく流れている。自分自身の視点以外には、鏡を見たり、モニターを見る以外に視点を移す術はない。その、冗長な、だらだらとしたものが日常である。戦争だって何だって、そういう冗長な中に組み込まれているものである。

私が「戦争」について知っているものは、すべて編集されている。しかし、どこかで知ったような気になっている所がある。


私が幼稚園児だった頃、初めて山に行くということがあった。都内に暮らしていた私は、山を直に見たことがなかった。山というものは、「アルプスの少女ハイジ」オープニングで出てくるような、芝生が生い茂った「丘」のようなものだと思っていたらしい(実際の「山」の映像も見ていたはずではあるが)。そのため、父親に連れられて初めて山に登った時、周囲が木々に遮蔽されていること、歩く場所が土であること、木々はアニメで見る黄緑色ではなく、濃く生い茂った緑であることなど、多大なショックを受けたことを覚えている。似たような所で言えば、性的な実際の体験よりも先に「そのような映像」を見ていたために、「視点が一人称以外に移せないこと」にショックを受けたことも思い出す。

もちろん、「ショック」と言っても、「まぁ、そりゃそうだわな」という気持ちと同時に、「でも、思っていたものと違うんだよな」という奇妙な感覚が同期する、そういうズレを伴った「ショック」である。しかし、私が認識している「世界」は、かなりの部分、そのような二次的三次的に編集され、どこかで見た映像や写真、そういうもので構成されているのではないか。

ライオンを実際に見たことがあっただろうか。私が行った動物園に、ライオンがいただろうか。グレープフルーツがなっているところを直に見たことはない。知ったような気になっていることが、驚くほど大量にあるように思う。

写真はおそらく、文章や絵を遥かに飛び越えて、そのような「知ったような気になる」ことを強力に押し進める力にもなったのであろう。少なくとも私は、150年前の江戸時代の写真を見て、「強烈にリアルだ」と感じてしまっている。それは、リアルでもなんでもない。150年前の印画紙をガラスケース越しに見た、ということだけが「リアルな日常」である。


リアルとは何か、リアリティとは何かというのは、恐ろしく複雑な問題であろうけれど、私は心理学側に軸足を置く人間だからか、つい「心的現実」ということを考えてしまう。実際に何があったのかは別として、私にとってどのようにリアルと感じられたのか、感じられているのか、という内的なもの。しかし、その構成要素は、私が見た実物や聞いた実際の音声ではなく、写真や映画、アニメやマンガなど、多様なものから受け取ったもので構成されていることを忘れてはいけないように思う。


今書いたことは、単純に写真や映像から得た知識的な構成要素が心的現実に入っているかもしれない、という内容ではあったが、もう少し構造的な部分が貫入して来ることがあるようにも思う。例えば、私はゲームを良く行うが、その感覚が、現実と異なることは充分理解しているものの、描写や内容そのものではなく、その「文法」のようなものが、私に組み込まれている、そういう感じがする時がある。

私は、自分のことを振り返ったり、誰かを思い起こす時、どこかで「パラメータ」を浮かべている。それは正確に数値化したものではなく、イメージのような、茫漠としたものではある(あの人は処理速度が速いとか、同時処理のメモリが潤沢であるとか)。しかし、そのような「ゲーム的数値振り分け」に慣れ親しんでいない人にとっては、あるいはコンピュータ的な思考方法に慣れ親しんでいない人にとっては、全く受け入れられない感覚なのかもしれない。もしかしたら、良く映画を観ている人ならば、暮らしている日常で、頭の中には自然とBGMらしきイメージが流れている人もいるかもしれない。テレビ番組が好きな人ならば、テロップが流れているようなイメージがあるかもしれない。

破壊的であったり凶悪だったりする映像などを享受し続けると、破壊的で凶悪な人間になる、という言説も良く聞くし、確かにある程度(実験室で行うことができる時間的範囲で、倫理的な基準に合致した)実験的にも明らかではあるようだが、長期の影響、特に人格への影響となると、私は懐疑的ではある(それ「だけ」を糧に生きているわけではないし、長期的に検証することが極めて困難であることも含め)。しかし、そのものの持つメッセージ性や描写そのものではなく、その映像や作品の背景に存在している、いわばバックグラウンドで動いている「システム」自体が、私たちの心的現実の「構造」に影響を与えるということは、私はあるだろうと思っている。論理構造の枠組みと言えば良いのだろうか。


とはいえ、テトリスをものすごくやっていたら、「駐車場で1カ所あいている場所に車が入れば、車が一列全部消えるように感じる」というわけではないだろうけれど。…、いや、それはあるかな…?

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Author:ina
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