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2/29(水)は出校しません。

2/29(水)は、大学以外での仕事が入っているため、出校致しません。
3/7(水)は、出校致します。

よろしくお願い致します。


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2月・3月の予定

2月・3月は、基本的に水曜日は研究室にいる予定です。その他に出校している日もありますので、もし確認したいことなどございましたら、事前にメールをしてください。

3月の水曜の会は、
3/14(水)4限 11−302
の予定です。

3月の「模擬授業をやってみる会」は、
3/21(水)4限 11−302
の予定です。

「水曜の会」「模擬授業をやってみる会」、どちらも春休み中は時間帯が「4限」になっておりますので、ご注意下さい。

よろしくお願い致します。

「今の若いものは…」という言葉

先日、中学・高校(6年一貫男子校)の同級生たちと会った。

年に何度か会う仲間でもあるので特に珍しくもないのだが、その日は10年ぶりに会う人もいた。とにかく、多くの者が中年太りをしていた。友人Aが「こうして勢揃いしてみると、あれ、俺って歳とったんだなぁ、って思うぜ…」と言っていた。確かにそう感じる。33歳といえば、確かに「おっさん」ではあるが、自覚している以上に、かつて20代前半に想像していた通りの、「おっさん達の飲み会」になっている。歳をとったのだ。


その後、40代の人たちと接触する機会があった。

その、40代の2人(仮に、OさんとPさんとする)は、5年前に会っていた際にはあまり口にしなかった「今の若い子たちは…」という言葉を良く出すようになっていた。言わんとしていることは、「言われたことしかやらない」「教養がない」「好む笑いに深みがない」など、基本的に「最近の若者が知的に劣化した」という内容であった。


33歳の集まりでは、「最近の若い奴らは…」という始まりをする言葉は聞かれなかった。OさんやPさんも、ごく最近までは30代であり、5年前までは「今の若い子たちは…」とは言わなかった。40代になると、何かが変化してくるのだろうか。OさんやPさんは、「自分が育てる立場になったんだなぁ」と感慨深げに言っていた。このあたり、何か関係しているのかもしれない。

もしかしたら、OさんやPさんが言わんとしていたことは、30代までは「育ててもらう立場」という意識で、40代になると「育てる立場」になる、ということなのかもしれない。そういう意味では、33歳の集まりにいた我々同級生たちは、意識の上では「未だ若者側であり、育てられる側」という意識を持っていたから、「今の若い奴らは…」というような言説が出てこなかったのかもしれない。つまり、まだ自分自身が「最近の若い奴ら」だということである。


とはいうものの、「最近の若いものは…」という言い出しを聞くと、私はうんざりした気持ちになる。良く、紀元前のパピルスや、ピラミッドの落書きにも「最近の若いものは…」という言葉が書かれてある、などと言う。実際、日本の『葉隠』にも、そのような言説に対する対応について書かれている。

〈時代の風潮というものは動かし難いものである。だんだんと低俗になってゆくのは、世の中が末になった証拠だ。一年のうち、春だけ、夏だけというわけにはいかない。一日も同じことだ。だから、いまの時代を百年も前の良い風俗にしたくても、それはできないことである。ならば、その時代その時代で、よいように導くのが大切なことだ。むかしの風俗ばかりをなつかしく言う者の誤りはここにある。それが分からないからだ。また、当世風だけがよいと思って、むかし風を嫌う人は思慮の浅い人である。〉
(『葉隠1』 中公クラシックス)


手っ取り早くWikipediaを利用させてもらうが、〈江戸時代中期(1716年ごろ)に出された肥前国鍋島藩藩士、山本常朝の武士としての心得について見解を「武士道」という用語で説明した言葉を田代陣基が筆録した記録である〉とのことである。少なくとも、これは300年ほど前の文章ということになる。いつの時代も、「今の若い奴らは…」という言葉があるのは確かなようだ。


山本常朝の見解があまりにも卓越しているため、私がここで何を書こうとも蛇足以外の何ものでもないが、例えば千年単位で考えてみるのであれば、「人類」という遺伝的な生物が、それほど変化したとは思えない。もちろん、栄養状態が良くなったために、江戸時代の人々よりは、現代の人々の方が平均身長は高くなり、寿命も伸びたのであろう。しかし、遺伝情報自体が劇的に変化したとは思えない。山本常朝が生きた時代の人間が潜在的に持つ能力と、現代の人間が潜在的に持つ能力に、そこまで大きな差はないように思う。もちろん、環境によって、身体能力を伸ばすことや、知的能力を伸ばすことなど、様々な「1世代限りの」変化はあるだろう。しかし、300年の間に、人間がどうしようもなく退化したとは思えないので、「今の若いものは劣化した」というのは真ではないであろう。「今の若いものは劣化した」ことが真であるならば、それが脈々と続けば、とうに人間が滅びていておかしくはない。


OさんやPさんが言っていた内容に限って言えば、おそらく裏がある。「言われたことしかやらない(俺は言われる前から行動していた)」「教養がない(俺は教養がある)」「好む笑いに深みがない(俺は、教養がなければわからない高尚な笑いを理解することができる)」など、他者を落とすことで、自らの能力をアピールするような、奇妙なエネルギーを感じる。おそらく、自分で、自分のことを認めることができないのだろうとは思う。しかし、「俺ってこんなことも知ってるんだぜ!どうだ!俺を讃えろ!」と言って来るのであれば素直であるが、それが他者(特に今の「若者」)を落とすことで自らの優位性を示そうとする辺りに、言い知れぬ不快感を覚える。しかし、私は「人が悪い」ので、OさんやPさんの「教養があること」などを平気で「讃える」のであった(そのまま、OさんやPさんの好ましくない状態を増長させることになる)。


興味深いのは、OさんやPさんも、『葉隠』を好んでいるということだ。彼らが今、引用した部分を読み返したら、どのような気持ちになるのだろう? いや、おそらく、自覚していないのだろう。自分自身が若者批判をしていることに気がついていないか、あるいはそのようなことが書かれてあったこと自体に気がついていないか。


このような出来事に遭うと、いつも思い出してしまう文がある。

〈ぼくは読む。読んでいると思い込んでいる。読み返すたびに、きまってぼくは読んでいなかったことに気付く。これは手紙の場合厄介なことになる。自分が探し求めているものが書いてあればそれで満足し、どこかにしまいこむ。なにかでその手紙がまた見つかり、読み返していると以前読んだことのなかった別の手紙を読むことになるのだ。
書物も同じ遣り方でぼくらを翻弄する。書物がそのときのぼくらの気分に一致しなければ、ぼくらはそれらを良い書物とは思わない。書物がぼくらを混乱させると、ぼくらは書物を批評する。するとその批評はその上に積み重なり、ぼくらがそれらを忠実に読み返すとき邪魔をするのだ。
読者の望み、それは自分を読むことだ。自分がよしとするものを読み、これなら自分にも書けたのになどと考える。また彼は、その本が自分の場を奪ったことや、自分では語るすべも知らなかったことを語ったとして恨む。自分ならもっと巧みに語れるのにと思いさえもする。
本というものはぼくらにとって重要になればなるほど、その読み方はむずかしくなる。ぼくらの本質はその中に滑り込み、ぼくらの用途に合わせてその本を考えてしまうからだ。だから本が読みたくなったり、本の読み方がわかっていると自分に納得させたくなると、ぼくは、ぼくの本質が浸透してゆきそうもない本を読む。〉
(ジャン・コクトー著 秋山和夫訳 1996 『ぼく自身あるいは困難な存在』 ちくま学芸文庫)

OさんやPさんもまた、『葉隠』の中から、自らに都合の良い部分のみを、都合良く解釈しているのであろう。それは手紙であっても、本であっても、映画であっても、人の言葉であっても、同じであろう。都合の良い部分だけを、都合良く読み取り、聞き取っている。出来事の記憶だって同じようなものであろう。


しかし、私自身が今、ここにこうして書いている文章の内容もまた、OさんやPさんを「落とす」ことで、「俺はそういうことはしていないぜ」「若者を尊重しているぜ」と言いたいかのような、そういうことになっている。おそらく、他者と自らを比較することで何かを考える、という点に関しては、なかなか避けることができないということなのだろう。私もまた、『葉隠』の中で、自分が行っている愚を戒めるような言葉を読み落としているのであろう。都合良く解釈している部分があるのだろう。しかし、だからといって開き直りたくもない。そういう自分の状態を、せめて自覚しておきたいのだ。


【息子の玩具を買いに行くと、その売り場が、私が子どもの頃よりも小さくなっていることに気がつく。また、売っているものが「型にはまった」ものであることにも気がつく。「私が子どもの頃は」、スライムや、何だか得体の知れない、がちゃがちゃしたものが沢山売っていた。そういったものが、「想像力を伸ばすために必要だったのではないかと思う」。「今の子どもは」、「カードやゲームなど、そのルール以外では遊べないようなもので遊んでいる」。その中で生きていれば、想像力が育まれることが阻害されるのではないか。】

このように、私自身、内的には「現代の若者批判」に通じる思考を展開している。自分自身が子どもの頃と、今の子どもが遊ぶものを平気で比較している。しかし、このような内容は、まさに私の親の世代が、私たちの世代に対して行っていたことだ。親たちの世代はこういった。「今の子どもたちは、玩具にかこまれて遊んでいる。俺らが子どもだったときは、稲穂とか、竹とか、石とか、そういうものを何かに見立てて遊んだもんだ。想像力が低下しているとしか思えない」。

全く同じだ。私も、OさんもPさんも。比較するものが、自分自身の過去でしかないという貧しさ。


しかし、例えば現在の「型にはまった玩具」を生み出したのは、まさに私たちや、私たちの親の世代である。PL法にしても、得体のしれない玩具を排除したことにしても、「安全」というものを押し進めた結果でもあろう。型通りの扱いしかできないものというのは、提供者が訴えられることを避けるために発展したものでもあるかもしれない。結局、それらを作り出した大人側の都合である。「子どものため」という皮を被って。私自身、玩具を企画したり開発したりしているわけではないが、そのような世界を望み、推進する力をある部分で受け持ち、生きて来た者なのである。それを忘れてはならないだろう。


そういった、大きな構造の中に自分自身も存在しているということ。それを抜きにして、いわば内側から内側を批判しているのではあまり意味がないように思う。内部にいることを自覚し(しかも、そこから出ることはできない)、それでもなお、この「構造」自体が今より少しでも「まし」な方向に進むために何が必要か、それを考え続けて行くことが大切なように思う。おそらく、山本常朝は、そういうことを言いたかったのではないかと思う。


私も、10年後には、「今の若い子たちは…」と言い出すのかもしれない。ある日突然言い出し始めるわけではないだろう。先ほどの、玩具売り場に行った時に感じることや、そういう小さなことがいつしか積み重なって、いつの間にか、「そういう人」になってしまうのだろう。こうして書き留めておいたとしても、それでも防げないかもしれない。


最後に、自戒のためもう1つ引用。

〈「いまどきの衆が『このごろは戦争がなくて幸せだ』というようにもうしている。あさはかな言葉だ。わずかな一生のあいだであるが、一度その戦いというものに出会いたいものだ。畳の上で息を引きとることは、第一に苦痛でたまらず、武士の本意でもない。むかしの人は、とくに戦いのないことを歎いていたということだ。討死ほど死にやすいことはない」
以上のような話をする人々に、一言言うが、仰山な言い方をする老人などが話されたときは、適当にあしらってもよいが、側で心ある人が聞いていたならば、いかにも同意しているように思われるであろうから、気を悪くしないように、一言あってしかるべきだ。すなわち、
「そうでもございますまい。いまの者が無気力であるのは世の中が泰平だからでございます。何か非常のことでも起これば少々気骨も現れてまいりましょう。むかしの人といっても特別にかわりはありません。また、たとえかわっていたところで、むかしはむかしでございます。いまどきの人は、世間一般が落ち目になっているのでそれに比べて劣っているという理由は少しもありません」というようなことを、その場の人々の心をおしはかりながら言ったらよい。まことに一言が大切なものである。〉
(葉隠1 中公クラシックス)
プロフィール

Author:ina
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