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12/14(水)水曜の会

12月の水曜の会は、
12/14(水)5限 11−302
「ライフサイクルについて」

の予定です。

また、前回は私が忌引きのため参加できませんでしたが、「模擬授業をやってみる会」の今後の予定が決定致しました。次回は私も参加致します。
1/18(水)5限 11−302
3/21(水)4限 11−302

の予定です。

12月以降の水曜の会は、
1/11(水)5限
3/14(水)4限

の予定です。

どちらも、春休み中は時間帯が「4限」になっておりますので、ご注意下さい。

よろしくお願い致します。

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写真集「地下水道」を見て

白汚雫(しらおれい)という人の「地下水道」という写真集を買う。下水道を写真におさめたもので、これは白汚さんが25年かけて撮影したものを初めて写真集にしたもののようだ。作品のいくつかは、「月刊下水道」という雑誌のホームページ内にある「フォトギャラリー」から見ることができる。


これは、「日本カメラ」という雑誌で紹介されていて知ったものだった。

〈下水道は人が入ることを前提に作られていない上、かなり危険な場所だ。内部には有毒ガスが溜まるので、入る前に巨大な扇風機で送風後、硫化水素、一酸化炭素、可燃性ガス、酸素濃度を測る。さらに作業中には常に天候に神経を配る。(…中略…)「下水道内はつかむ場所がないので、もし転落したら、そのまま流されてしまうんですよ」〉(日本カメラ12月号 pp.94-95)

最初は、この文章を読んで、「あぁ、写真家って大変だよな…。「新しいこと」を見つけて、それをしないと認められないんだろうし…。まぁ、芸術って、ある部分ではみんなそうか」と、その苦労に対して反応しただけだった。しかし、そこに掲載されている写真を見ていると、妙に私の内部で燻るものがある。これは何だろう、と思った。


「地下水道」に写されている下水道の写真は、写真としてはむしろ幻想的で美しいものも含まれている。人の営みはそこに描かれていない。にも関わらず、私はこの写真に、自分の内側にある見たくないもの、あるいは妙な繋がり方をしてしまったときの「あちら側」のような、奇妙なものを投影している。

白汚さんは、幼少の頃から見続けていた、闇の中に入り込み、身動きが取れなくなる夢と、下水道の内部とを重ね合わせているそうだ。そういう意味で、これは白汚さんの「夢」の世界でもあるのだろう。


しばらく見ていたら、村上春樹さんの「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を思い出した。あれはまさに、下水道に関する描写があった。他にも、村上さんは「ねじまき鳥クロニクル」の中で、枯れた井戸に入って瞑想することで「あちら側」に行くストーリーを描いていた。村上春樹さんの描く世界の雰囲気と、「地下水道」の写真が重なって見えていた。


夢の世界や、異界と呼ばれるような世界と、目が醒めた状態で「接続」する場合、その接続方法が間違っていると、現れて来るものが不気味なものになってしまうことがあるように思う。正しい接続というものがあるのかどうかわからないのだが、少なくとも、「接続」するためにはかなり慎重な準備が必要なのではないかとは思う。相当の強かさ、知性、柔軟性、そういったものを十分に備えてから、自分の能力に見合った深度まで進んで行って、どうにか、というものではないか。

その限界を一気に超えてしまうと、「あちら側」からのエネルギーにあてられてしまう。その時、目醒めながら悪夢を見るような状態になってしまうのだろう。私は、ある部分で村上春樹さんは、目覚めながら悪夢を見てしまっているように思える時がある。その「記録」が、長編として出版されているもののように思える時がある。


「地下水道」は、まさにその「起きながらにして悪夢を見る」というものの、物理的な映像化であるように感じてしまった。実物のものである、ということがより一層私には「こたえる」。このタイプのものを表現する時には、動きを用いた映像化か、絵画や彫刻などの方が向いていると思っていた。しかし、「地下水道」を見た時、そういう「場所」があるのかと、戦慄を覚えた。

もちろん、写真であるので、そのままのものが存在しているわけではない。しかし、おそらく、白汚さんは、「そういうもの」を感じて、それと合致するような写真を撮ろうとしていたのだろう、と想像する。白汚さんは「悪夢でうなされながらも、同時にどこか安心感も感じていたんですよね」(日本カメラ12月号 p.94)とも言っているので、私の感じたものと似ているものかどうかは分からないけれど。


人の作ったものであるということ。普段は見えない場所におかれているものであるということ。「清潔」を保つために、棄てられたものがすべて分け隔てなく流れ込んでいる場所。凄まじい匂いと、得体の知れない生物が繁殖している場所。にも関わらず、妙に静謐とした場所。

ユングの言う「シャドウ」や「集合的無意識」という言葉を思い出すが、少し印象が異なる。もっと人工的な、ケミカルな、得体の知れなさである。そしてそれは、私の中にある。


それは、私が人工的な、ケミカルな生き方をしていた(あるいは、今もしている)ことが関係しているのだろうし、もっと自然な生き方をしている人には、別段この写真集が得体の知れないものとしては映らないのかもしれない。本にしても、写真にしても、映画にしても、そこに見るのは自分の内側でしかないのだろう。見たいようにしか、見えていないのだろう。


個人的な告知

公共の場を使って何だか、という感じですが、一応リクエストがありましたので、リンクで載せておきます。

2011.12.27 告知画像

もし、ご興味があれば…。


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Author:ina
水曜の会用 文書置き場

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