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「ファン」と「仕事」

先日飲み屋に入った時、隣の部屋からの会話が聞こえて来た。簾状の仕切りのため、隣の様子も少し伺える。どうやら、実際に声優をしているおじさんと、これから声優になりたい男性が話をしているようだった。

おじさんは、実に現実的な話をしている。「弱い事務所だと、共演者との関連で、大きな事務所に仕事を持って行かれることがある。たとえ、ほとんど内定しているような役であったとしても」「アニメの仕事が相対的に増えているけれど、そういうものは時流によって変わるだろう。今は流行だから。映画、ナレーション、様々なことをする。地方巡業での司会業をすることもある」「本を読んだり、時事問題を知っていなければ、役作りができないことも多い」「映画の吹き替えにおいても、かなり様々な役がある。主人公やヒロインなどの、メインキャラクターだけではないことを知っておいた方が良い」「アニメがやりたい、というだけだと、多分やって行けないだろう」など。

実に真っ当なことを言っている。業界でのことは皆目わからないが、声優業界ということを取り払ってみれば、それは純粋に「会社」の話だった。そう、仕事ってそういうものだよね。そういう印象を持つ内容と語り口であった。少し聞いただけでは、それが証券会社の話なのか、IT企業での話なのか、すぐには分からないほどだった、というのは大げさだろうか。

聞いている青年は、「なるほど!!」と、急に大きくガッツポーズをしたり、反り返って「あー、それは気付きませんでした…!!」と、額を手のひらで叩いたり、なかなか特徴的な反応をしている。まるでアニメの登場人物のような動きではあった。彼はとても真摯に、真剣に聞いており、受け答え自体も、文字として書き起こせば極めて自然なものだっただろう。声色と動きが「アニメのよう」であることを除けば。

おじさんは、「職業人」であった。青年は、「声優ファン」のようであった。おじさんのリアルな話はどこまで届いていただろう。おじさんは、かなり真剣に、業界の辛さ、現実を伝えようとしていた。しかし、青年は、「俺、今こうして、実際に業界で働いている人の話を生で聞いている…!!」という状況そのものに陶酔しているようにも見えた。


中高生と接していると、「声優になりたい」という生徒は案外多い。私が思い出していたのは、「声優になりたい」というものと、「アイドルになりたい」「お笑い芸人になりたい」「歌手になりたい」という一群との類似であった。つまり、それは「芸能人になりたい」ということでもある。その時々で、「人気」があるものになりたい、ということ。そういうことなのかもしれない。


私には良くわからないが、彼らが「なりたい」と思うような、人気があって、有名な人というのは、「自分から」売り込んで行った人々なのだろうか。少なくとも、放送業界における人気とは、商業的なベースに乗っている。そのため、「売り出そう」とする側がいる、ということである。とすると、ある程度本人側の売り込みは重要であるとはいえ、「見出す」人間がいる、ということである。

そこに、何とも言えない空虚な印象を持ってしまう。純粋に、声で表現したい、という人もいるだろう。自分が歌えば人々が何故か幸せになってしまう、それを分け与えないという選択肢があるだろうか、という程の人もいるのかもしれない。しかし、少なくとも私が接触した中高生は、「人気がある」という点こそが重要であるように、私には感じられた。人気がない、皆から注目されない、それでも「声」を仕事にしたい、という人はほとんどいなかった。業界に疎い私でも知っているような声優の名前を挙げ、その人のようになりたい、ということがほとんどであった。

気になる点が2つある。1つは、中心が自分の側ではなく、中心が他者からの評価そのものに移ってしまっている可能性について。考えていることは、多くの人から羨望の眼差しで見られたい、ということになっていないだろうか。2つ目は、特に自分が好きで好きでたまらなかったアニメの世界の中で活躍していること。そのような自分に酔っていたい、という願望。


もちろん、どちらも異常なものではない。場合によっては、「向上心」とも呼ばれるだろう。しかし、それでも私は、奇妙な感覚を受けてしまう。それは「仕事」ではないのではないか、と感じてしまう。仕事を選ぶときの基準ではないように思える。



私はゲームが好きだ。もし、私が好きなクリエーター、須田剛一氏にインタビューができる、としたら、私は嬉々としてその場に向うだろう。宮本茂氏の仕事風景を見ながら1年間任天堂本社を見学できるとしたら、勇んで参加するだろう。しかし、それは、「私がお金を払って行く」という前提である。

私は写真が好きだ。もし、写真家森山大道氏の写真展の手伝いができるとしたら、ネガの現像場面を見られるとしたら、嬉々としてその場に向うだろう。村上春樹氏の小説も、結局出たら読んでいる。あまり積極的に認めたくはないものの、多分かなり好きである。村上氏の一日を見させてもらえるのであれば、小説の書き方を見させてもらえるのであれば、私は喜んで行くだろう。お金を払って。

好きなことをする時には、お金を払う。それが、アマチュアである、ということだ。写真も、ゲーム評論も、小説を読むことも、バンドも、私はアマチュアである。趣味である。好きでやっていることだ。バンドなどではたまにお金をもらうこともあるが、それはせいぜい実費である。儲けを求めているわけではない。

仕事とは、そうではない。「お金をもらう」のである。全然違う。

受け取る立場ではない。与える立場にシフトしている。「好きだからする」ではない。「イヤだと思われそうなことであっても、それをこなす能力があり、またこなせるよう努力しているから、お金がもらえる」部分がある。


私にとって、カウンセリングや心理療法は、趣味ではない。仕事だ。


臨床心理学をしている人たちが集まっている中で、たまに「臨床家になりたい」「臨床を極めたい」という言葉を聞く。そのとき、違和感を感じることがあった。それが、おじさんと青年の会話を聞いていて、少し理解できた気がした。

まず、「臨床家」「臨床」という言葉が、一般的な用語ではないことが気になる部分である。もちろん、「身内」で会話しているのであるから、ある種の「隠語」を使うことはかまわないのだろうとは思う。とはいうものの、何か2ちゃんねるの用語を日常で大真面目に使っているかのような、奇妙な印象を受ける。

次に、「臨床を極めたい」というとき、カウンセリングには相手がいる、ということが切り捨てられているように聞こえる部分が気になる。会っている患者さんは、その「臨床家」が「臨床を極める」ための「踏み台」なのだろうか。まるで、居合い切りの達人になるために、切り捨てられる竹のように。


「心理の業界」の中では、学歴を気にする人がいることと同じように、誰それ先生の元についている、訓練を受けている、ということがステータスとして見られる場合もあるようだ。どの声優養成所に入っている、誰それという有名な人からボイストレーニングを受けている、などなど。どこの業界でも同じなのか。スポーツの世界でも同じなのかもしれない。


一流の訓練を受け、その中で本当にのびる人もいる。それはそれでかまわない。しかし、「ファンだから」その人のそばにいる、それだけで満足している、あるいは「虎の威を借る狐」になっている状態というのは、趣味ならば良いのであるが、仕事となると少し考えものである。


その業界に対する「ファン」である時、その中に所属しているだけで満足できてしまう、そういうこともあるのだろう。自分が大好きな声優さんと同じ業界で働けていることがとても嬉しい。自分が凄く好きだった心理学の先生と同じ業界で働けていることが嬉しい。そういうことがあるのはわかる。しかし、その感覚のままでは、アマチュアの、趣味の感覚である。


おそらく、対人サービスではない職業の場合、それほど問題にはならないだろう。声優になんとかなれた人が、たとえ大して売れなかったとしても、大好きな声優と競演できたことで天にも昇る気持ちになったとする。そのアニメを見ている人が、さほど大きな実害を被るわけではない。しかし、対人サービス、カウンセリングもそうだし、教師もそうであるが、この場合、「ある先生のファン」「業界のファン」で、カウンセリング「ごっこ」、教師「ごっこ」をしてお金を取られたのでは、おそらく患者さんも生徒も、納得が行かないだろう。少なくとも、私が患者、生徒であったら、納得が行かない。「なぜ、お前らを満足させるために、俺が患者として金を払わにゃならんのだ」「なぜ先生を満足させるために、俺が金を払って授業を聞いてあげねばならんのだ」。


これは、私自身への戒めである。カウンセリングを行い、大学で授業をしている。受け取る立場ではいけない、趣味ではいけないという自戒である。私が、「臨床家になりたい」「臨床を極めたい」という言葉に妙に反応するのは、それは私の中にも、そういう根があるからである。


私は、せめて自覚しておきたい。



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8月の予定

夏休みになりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

次回の水曜の会は、正式には10月になると思いますが、夏休み中にもためしに行ってみようかと思います。

8/24(水)
15:00から16:30
(いつもより開始時間が早めなので、ご注意下さい)

今回、教室を確保しておりませんので、まず、研究室にいらして下さい。人数を見て、教室に移動します。
(基本的には、研究室の向かい側11−302か301の予定)

8月の出校予定日です。細かくは決めておりませんが、時間的には11:00から16:00ごろです。
8/8(月)
8/10(水)
8/22(月)
8/24(水)
8/29(月)
8/31(水)

プロフィール

Author:ina
水曜の会用 文書置き場

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